雨、傘、思い出、そして『エロマンガ072』に至った秋葉原

ギリィと秋葉原の春夏秋冬思い出話。


そして佐島が遅刻した

とにかく良い思い出がない秋葉原

秋葉原、という場所にはとかく良い思い出がない。

大学受験にかこつけて初めて足を踏み入れ、1,500円くらいでたたき売られていた性的なゲームのディスクを即決購入した。

しかしディスクが汚すぎるのか、PCのバージョンがゲームと噛み合っていないのか、逸る欲を抑えきれず適当に設定ボタンを連打してインストールをしたのが悪かったのか、デスクトップのアイコンを連打してもまったく起動しなかった。

この時点で1,500円を秋葉原に搾取されたことが確定した。

さらに起動を試みたのは験の際に寝泊まりしていた祖父の家のPCであり、インストールしたデータを削除することを忘れて地元に帰ったため祖父に「競泳水着を着た先輩にいいようにしたいしされたい」みたいな自分の暗い欲望の一端が露見する副産物も生んだ。

そして受験も当たり前のように落ちた春。

友人とその彼女と一緒に秋葉原を周遊することになり、若干知識があった自分があれこれ案内することになった。

秋葉原は電機の街というらしいが、その時にはどちらかというと性的嗜好の街という一面が顕著になってきていて、歩きまわるうち何件か性のデパートみたいな店も通過することがあった。

とあるデパートで、友人の彼女が足を止め「これリョウくんのに似てるゥ!」と頓狂な声を出してはしゃぎだした。それは男性器を模した実用性のあるゴム製の物体だった。

なおも「マジでこんなん」「色? 血管とか」とはしゃぐ彼女に友人は、バツが悪そうな顔をして「わかったから……」とあしらっていた。

友人の名前は「あきら」であった盛夏。

免許合宿で仲良くなった女性に、錦糸町のあたりに住んでいるから秋葉原で待ち合わせて会いたい次の日も予定ないから、と誘われたのでまぁまぁ気分よく向かっていたら「彼氏にバレて殴られた、今日はいけない。彼氏いること黙っててごめんなさい」という旨の、涙ながらの謝罪電話がかかってきて結局赤羽でおでんを食べて帰った秋。

思い出としては最悪とまでは言わないし笑い話にもしづらいグレーな頃合いの、恥と悲哀の街。

冬の思い出さえ揃えばこの街は自分の中でオールシーズン恥と悲哀に満ちている街になる。

『あれ観た?』の2人で訪れた秋葉原

3月は冬ではないが、今回『あれ観た』で待ち合わせた日はとても寒い日で、おまけに雨も降っていた。実質冬と言ってもいい。数年後の自分の脳内では「寒かったからきっと冬の思い出だろう」みたいに処理されているはずだ。

秋葉原が年中恥と悲哀に塗れるかは本日のぶらりの成果にかかっていた。

そして佐島が遅刻した。

自分は傘が嫌いで傘を持って歩かない人間だ。佐島が遅刻するということは、少なくとも佐島が来るまでは傘に入れないということである。

誰かと雨天で待ち合わせるとほぼ確実に相手は傘を持ってくる、其処に自分はしゅるりと潜り込むという寄生虫のような生存戦略をとっている。ついでに言うと自分は一つ所にとどまって何もせず待つということがとても苦手で、動いていないと呼吸が苦しくなる。

だから雨に打たれながら、1人で秋葉原を練り歩き始めた。さらなる悲哀と恥に出会いに。

何らかのアイドルがビルの一階の解放スペースで歌って踊っていて、遠巻きに見ている人たちが「とりあえず撮っておくか……」みたいなテンションでゆるゆるとスマホを構えていた。

中国人観光客が半袖半ズボンで元気に歩き回っていた。

大量の成人漫画がおかれているコーナーを見て「『エロマンガ072』みたいなタイトルでおすすめのエロ漫画を語り合うラジオをしたら大分ブルーオーシャンなのでは」と考えに耽った。

1,500円で買ったかつてのエロゲームの続編らしきものが500円で売っていて、ほっこりしたが買わなかった。

そうやって時間を潰しているうちに大分情緒が安定してきて、やっぱりこの街はいいなあという心持ちになってきていた。

何がいいって行き交う人が皆趣味の話をしていて楽しそうなこと。

趣味に生きていていいんだ、みたいな。そういう勇気にも似た感情が湧いてきて、じゃあ明日の仕事もばっくれてちゃっていいですか? 傘は趣味じゃないので家に置かなくてもいいよね? みたいな気持ちにさせてくれる。

良いっ、良い。

良い感じにこの街のことを見直し始めていたし、もうすぐ傘も来る。傘の到着に合わせて、待ち合わせ場所に行くと遠くからこちらへと歩いてきたのは傘ではなく佐島だった。

傘はなかった。

この瞬間、今後数時間雨の中秋葉原を凍えながら歩く灰色の未来が確定した。

第一声、おせぇよ、というべきか、僕の傘は? というべきか。

そんなことを考えながら、自分もゆっくりと佐島の方へ歩き出した。

振る手の先に雨粒が当たるたび、「ああ、この手がこういう時巨大化して傘みたいになんねぇかな」と考えるくらいの傘への誘惑を振り払いながら。

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