食玩一つ手に入らない虚無の人生

自分は今年、何かを成し遂げたか?


食玩一つ手に入らない虚無の人生

(一)

サメが出てくる映画できゃあきゃあしていたのもはるか昔、急な夕立にキレそうになっていたのもはるか昔。

いつしか季節はサメのヒレを凍傷で抉り、陰気な空気感で冷たい雨を時折降らす冬となっていた。

そして今日も雨が降っていた。どこまでも陰気な気候だったが、スーパーに向かう自分の足取りは軽かった。

目当てはエッグチョコの中にある食玩。

傘を差さない自分は入り口でわたわたと水を切って畳む主婦を尻目にぬるりと入店。こういったときにできるタイム差が、望みのエッグチョコを手に入れられるかどうかに響いてくる。

それに気づかない奴は、食玩一つ手に入らない虚無の人生を送る。

(二)

店内に入ると唖然。シャンシャンキラキラしておりBGMもクリスマス感あふれるものになっていた。しかも、すこし目を滑らすと餅などを前面に押し出して売り出しているエリアもあるではないか。

え、もしかしてもう年末?

あれ、こないだまで自分半袖とかだったんですけど? 

でもこないだっていつ?あなたの言うこないだって半年前とか平気で含みますよね? 

心のアパートに住まうミニ自己たちが一斉に窓から身を乗り出して会話を始める。

やがて「今年一年何を成し遂げましたぁ?」と言い出す自己がいた。

「くぅっ」となった自分は手に取って吟味していたエッグチョコを勢い余って粉砕。粉砕されたチョコの裂け目から見えたおまけの食玩は自分が目当てとしているものではなかったため、そっと棚に戻し隣のエッグチョコを取った。

(三)

品出しをしていた店員から出禁を宣告されおとなしく帰路につく間、成し遂げたことは何かあるだろうかと、思考を巡らせた。

いや、ないな。

シンプルな結論に達するのにそう長くはかからなかった。

というのも、保留が多いのだ、今年の自分は。

本当はこれをしたいし言いたいけれど、ちょっと今はやめとこみたいな。すべてに対して思い切りが足りない気がする。で、結局成し遂げられない。

職場で意味不明な仕事を押し付けられた時も、今年はなんだかんだ引き受けてしまった。去年までだったら、相手の鼓膜がはじけ飛ぶほど大きな声で怒鳴りつけて相手に押しつけ返していたはず。

ここに来て今まであったある種のカドのようなものが削れ、摩耗し丸みを帯びてきてしまっている気がする。まだ来てもいない未来を考えて「いや、ここで会社中に響き渡るような声で怒鳴りつけたら今後いづらくなるのでは?」みたいな思考がよぎるようになってしまった。

で、河原の石みたいに丸くなった結果、「積年の恨みを爆発させた部下が上司を鈍器で撲殺」みたいなニュースに対して「ついに想いを遂げたね。よかったね」と目頭を熱くしたり、満員電車なのにもかかわらずドア横スペースから頑なに動こうとしないちんぽ頭の若い男に後ろから蹴りをいれて「うるぁ!邪魔じゃぼけぇっ」と啖呵を切るおじさんに拍手を送るような人間になった。

撲殺した部下はまあ、このあと陽の当たるところは歩けないだろうし、おじさんは駅員に連れていかれたけれど、それでも彼らは自分が失った野生の輝きを持っている。

来年はもっと言いたいことも言うし、やりたいこともやるぞい。

(四)

そう呟いて、家のドアに手をかけたとき脳内に閃光が走った。

これがその保留なんじゃないか?

今日はまだ12月の20日、まだ今年は終わっていない。つまりまだ成し遂げることも可能ということ。

仕事を押し付けたカスを鈍器でしばきに行くか?いや、カスの所在が分からない。

ちんぽみたいなへースタイルの男を無差別に襲いに行くか?いや、悪いちんぽ頭がいるということは良いちんぽ頭もいるということ。良いちんぽは守っていきたい。

じゃあ、もう食玩を取り戻しに行くしかないでしょう。

「っとまあこんな感じでスーパーにもう一回行ったわけなんですよ。わかりますかね、こう来年への積み残しをちょっとでも減らしたいというか、そういう」

「ほんで入り口で揉めて……そう、あのマッシュルームヘアーっていうんですか? ちんぽ頭の店員さんと。で、通報されて……あとはおまわりさんの知ってる通りですね、はい」

「あ。それで食玩は……あ、だめですか。そうですか」